不甲斐ない、だらしない、どうしようもない女だ。見ているだけで不愉快になる。
甘えるような耳障りな声。そんな声で名前を呼ばれた。
「小竹くん」
まったく、嫌な事まで思い出させやがって。
「サイテーだな」
独り言として呟いたつもりだったが、その言葉に返事がくる。
「そう言うもんじゃない」
驚いて振り返る先、穏やかな瞳が苦笑する。
「女の子を泣かせるとは、あまり褒められたもんじゃないな」
からかったつもりだが、今の聡には笑えない。
「そんなんじゃねぇよ」
ぶっきらぼうに背を向ける義息子に向かって、だが聡の母親の再婚相手である金本泰啓は別段、気分を損ねた様子など見せない。
「安心しろ、母さんには言わない」
「そんなんじゃねぇよ」
そんなん とは何なのだと突っ込めば余計にヘソを曲げてしまうだろう。泰啓はだた軽く笑い、聡の頭をポンッと叩く。
その態度になぜだか気恥ずかしさを感じた。
隠したくて、つい口調に棘を含ませてしまう。
「こんなトコで何やってんだよ?」
「ちょっと県庁に用事があってね。もう一人と一緒に行って、今さっき、そこで別れたところだ。これから帰る」
泰啓は有能な税理士だ。聡とは血の繋がらない祖父もかなりやり手だったらしい。そういう人間なら、県や国の実力者と繋がりがあってもおかしくはない。
「お前も帰るのか?」
一緒に帰るか? と言い出しそうな雰囲気に、聡は慌てて口を開く。
「いや、ちょっと用事」
「そうか」
深く追求もせず肩を竦め、だがふと視線を落す。
「緩は、ちゃんとやっているか?」
「え?」
突然義妹の名前を出され、聡はやや面食らう。その態度に泰啓は自嘲気味に笑い、今度は天を仰ぐように顔を上げる。
「緩とは、相変わらずのようだな」
「う…… ん」
後ろ髪をきっちりと結んだ項を、湿った風が撫でていく。
口ごもる聡に、泰啓はゆっくりと瞬いた。
「いいんだ。緩が悪いんだ。お前が合わせる必要はない」
それは、義父として聡に気を使ってくれての発言なのだろうか。母が緩の肩を持ち、事あるごとに聡を責めるのと同じように。
そう思うと素直に返事のできない聡に無理は強要せず、泰啓は空を見上げたまま口を開く。
「そもそもは、私も悪いんだ」
湿気を含んだ、残暑の風。去り行く夏にヘバり付くのは、蝉の声。
「緩の母親は関東出身だ。結婚してこちらに来て、地元意識の強さに戸惑ったようだ。緩が生まれても母親同士の中では、少し孤立していたところもあったと思う」
緩の母親が唐渓に興味を持つようになったのは、緩が小学校にあがってから。
「地元しか知らない、こんな世界の狭い子供達と一緒にいたら、緩まで小さな人間になってしまうわ」
何かにつけて地元の良さを熱弁し、関東出身の彼女の考え方に意見する他の母親たちの態度。緩の母親には、それが地方人間の僻みにしか見えなかった。
「そんな考え方が、緩にも影響しているとは思う」
少しだけ辛そうに、だが懐かしむように泰啓は目を細め、そっと呟くように言葉を出した。
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